大工道具の話          建築用語集
鑿(のみ) 鋸(のこぎり) 鉋(かんな) 差金(さしがね) 墨壷(すみつぼ)
手斧(ちょうな) 玄翁(げんのう) 錐(きり) 砥石(といし) 罫引き(けひき)
大工道具・電動工具やインテリア洋品を探すなら TAKUMI Amazon

TAKUMI Amazonから、タクミ商店に使えそうな道具を集めてみました。

手斧(チョウナ)

 今では、鉞、手斧というと、まるっきりと言って良いほど使っている大工の姿を、見るることができなくなってきました。
 
 用材の変化と同時に、工法も変わってきたことが原因でしょう。
わずかに、数寄屋建築の化粧や、機械にかからない程大きな材料などは、手間がかかっても鉞、手斧での仕事になっているようです。

 材木産地の吉野の方では、面皮柱を作るのに切り倒した木材を山で鉞にて荒削りをします。
五寸巾ほど手斧で仕上げ、製材をしているとのことです。
山つまり産地で加工されたものが、山はつりと言われました。
昔、製材機のなかった明治の中頃までは、こうやって鉞、手斧が、山や木材の集積地で普通に使われていたました。
そしてそれに従事する職人を(そま)屋と呼んでいました。
 
 杣屋によって加工された材が、大工の下小屋に入ると、柱をマナグといって、心墨をもとにカネをだして、手斧で狂つているところをハツったのです。
また量的に多くなるような場合には鉞を使って、その上で手斧を用いたようです。
このようにして出来たものが、墨掛け、穴掘り、柄付けといった仕事にまわされていきました。

 室町以前の話、縦挽きノコギリがなかった持代の製材は、伐り倒した材を割り裂いて平らな面を作っていました。
もちろん、割り裂いただけではきれいな平面とはなりませんので、
そこに手斧の仕事を加え、ヤリガンナで仕上げるという工程になっていました。
当然手斧はその時代になくてはならない道具だった訳です。

 手斧は怖ろしい道具であると、使ったことのある人の多くがそう言います。
自分で振った刃が、自分の方へ向かってくるというかっこうになります。
でから、一つ聞違えれば自分の足をハツってしまうことになりかねません。
かなりの熟練を必要とする道具であることもうなずけます。
長い材、広い材を同じ調子でハツり上けるには、決まった姿勢とリズムが必要です。

 振り上げた手斧を材に当ててハツるということのくり返し、これには意外と体力が要ります。
もし、ハツりを製材という側面から見るだけならは、電動の製材機との勝負は始めからついているようなものです。
しかし、製材機には味のあるハツり目は望めません。
このあたりに手斧という道具の本質を見るヒントがあるかも知れません。

 鉞、手斧は、かつて土台、柱、野物と数多くの材に使われました。
それだけに、地方、時代によって型の変化を見ることができ、地方、時代の建築文化をうかがわせてくれます。
東北地方では、鉞の目方の重いものが好まれ、普通大工の使うものは300匁が多いのですが、ここでは500〜600匁ほどのものが多いようです。
  
 手斧は丈は短く、刃巾は三寸二分と普通のものですが、非常に目方の軽いものです。
関西から西の方では、反対に手斧が非常に重くなるように感じられます。
これを見ますと、東北地方では鉞使いを得意といたしまして、補足的に手斧を使う様に思われます。
そして、関西方面では鉞も使いますが、手斧を得意とするせいでこしょう。
目方の重い両刃の手斧が多いのです。
 
くさびをつかってチョウナを仕込む
 柄の用材には繊維質の強い槐(えんじゅ)の木を使います。
槐の木は皮付きのままにしておけは、長時間使っても手の平に豆が出来にくいため、無理に皮をむくなと言われます。
東大寺再建、日光東照宮建立など、儀式用の手斧の柄には、槐の木の皮の文様を強く表現した金属板が巻かれています。

 手斧の柄が槐木に落ち着いたのも、進歩、変化の結果と考えてよいかも知れません。
かつて手斧の柄がまっすぐであったことを考え合わせても、手斧の柄の独特の曲がり方には大きな工夫があります。
槐の木が立木の時から、道具作りは始まります。

 立ち木のまま藤つるでしばり、くせをつけ、切りとった後は充分に乾燥させます。
曲がりが落ち着いたところで図のように刃に仕込みます。
使う者が自分の体に合ったように仕込むことは言うまでもありません。
腕の長さはもとより、山の高さ、こごみの量など、各人好みがあり、手斧の呼び方では「七寸山の四分こごみ」などと言っています。

 鉞は、通常の刃物が刃巾で表わされるのに対して、重さで称されています。
1匁が3.75グラムですから300匁といえは1250グラム、500〜600匁で1.9キロから2.3キロほどというところです。
これは野球のバットがだいたい1キロ程度と考えると、かなり重いものです。
実際に扱ってみると、鉞の重さがその作業性に大きくおっていることが分ります。
手や腕のカを入れるというよりは、鉞由体の重さの勢いで材にくい込んでいく感があるからです。

 現在の手斧は、大きすぎる材や化粧に使われるといったところです。
もっとも基本的な材料の加工に使われていた手斧が、その最後の段階である化粧に使われている訳ですから、これは考えてみれは皮肉なことです。
割り裂き製材の頃に使われていた手斧は、それなりの合理性がありました。
 
 木が割れるということは繊維方向でのことです。
つまり、割つて仕上ける材は、内部の繊維がみな通っている強い材ということになります。
手斧はこの繊維方向を大切にしていました。
電動製材機での製材とはまったく違っていた訳です。
現在、手斧と製材機を比較することは意味のないことかも知れません。
しかし、手斧が消えようとしている今、そのことを考えると、同時に材に対する見方、接し方も一つ消えようとしているように思えてなりません。

大工道具の話の目次へ戻る