大工道具の話         建築用語集
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墨壺(スミツボ)

 墨壷とは <大工や石工が直線を引くのに使う道具>です。普通は木材で作り、一方をえぐって墨汁を浸した真綿などを入れ、一方に糸巻がついている。その糸の瑞は墨汁を通って穴から出る。これを墨糸または墨縄という。その瑞に猿子(さるこ)または仮子(かるこ)という小さなきりを付ける。これを目的の位置に差し、墨糸を引き出してまっすぐに張り、糸をつまんで離すと、黒色の直線がその面につけられる、と事典には書かれています。
 
 墨壷は、差金=曲尺の相方です。
大工が木材に印をつけるのには、墨をつかいます。
ちょっと考えると、鉛筆の方が便利そうに思えますが、鉛筆では、木目にとられて上手く直線が引けません。
やってみれば簡単にわかりますが、墨さしの方がはるかに便利です。

 墨壷と墨さし、棟梁にとりましては、文人にとっての矢立てと筆のようなものです。
これらは昭和30年代までは、大工の表看板のように言われました。
しかし、現在では建築の工法が変わってきましたので、木工機械の進歩により、墨壷の使用が大分少なくなってきました。

 明治28年頃、墨壺の市販が始まっています。それまでは、墨壷は市販されておらず、大工が自分で創意工天しながら造っていました。
  墨壷の型にも特色があります。
たとえば南国の土佐では、日差しが強く、墨壷の墨が乾きやすいため、壷の入る池あるいは海と呼はれるところを深くしたものです。
それぞれの土地や流派で工夫していました。
これは日本の国四に限ったことではありません。
東南アジアの方へいくと、その地方に沢山見られます。
まず竹で造った墨壷があります。
ネパールの山の中では、牛の角で造られたものが使われているといった具合です。
 
 中国文化が日本に伝えられた時代に、墨壷も渡来したようです。
それから長い年月ののち、大工用の墨壷として進歩してきました。
今でも、奈良の正倉院には、いくつかの儀器として使われたであろう墨壷が伝えられています。
また、大工が実際に使った墨壷として、現在残っておりますもののうち、最も古いであろうと思われるものが、東京芸大に保存されています。

東大寺で発見さなれた墨壷:道具曼陀羅より
 この墨壷は、現在のものとは、型がずい分と違っています。
鎌倉時代の木匠が墨壷とともに描かれた図がありますが、その画に出てくる墨壷と同じ型です。
機能として見た場合には、船型をした壷頭がとがっており、壷車もムレを少なく、糸の持ちをよくするために、織物に使う糸車のようにできています。

 しかしまた反面、これは欠けやすく、池の小さいことは、、水つまり墨が乾きやすいようです。
また、この墨壷の上部につけられた鉄の輪が、現在のものとは違います。
これは現在の墨壷にはついていません。
当時はここに糸つまり墨縄やひもを通すことによって、建物の垂直を見る下げ振りとして使っていたと思われます。
今日でも、墨壷のカエデ(壷車をまわすクランク状の部分)に糸をからませたあと、下げ振りがわりとしている大工の姿をまれに見ることあります。

 鎌倉時代の墨壷が後に進歩して、一文字型と呼はれる墨壷ができました。
一文字型と言えば飛騨と言われるように、飛騨地方で生まれたといわれます。
一文字型ではそれまでの尻割れがなくなり、横から見た姿は墨書で力強く書いたそのままの一の字です。
壷車は手でまわすためにカエデはありません。
こういった点は、以前の型からすると強く、こわれにくくなりました。
しかしながら、池はまだ小さいままです。

 池が大きくなるのは江戸時代も大分たち、源氏型の壷が出て来てからです。
池とともに壷車の方も厚く、強くなりましたが、一文字型にくらべて使いやすかったので、大半の大工は源氏壷を造るようになったようです。
そして明治時代となると、源氏壷の壷車はさらに大きくなりました。
車が大きくなれは、それだけ巻き込むスピードが増します。
今日でも荒ものに使われる墨壷の車は大きく、糸も太く・長いものが用意され、造作用の墨壷は、小さな車と細い糸を持っています。
 墨壷のしくみは大変単純なものです。
昔も今も基本的なところでは変わりありません。
池のなかに墨を含ませた真綿を用意し、その中を壷糸が通り、墨が付いた壷糸をはじくことによって、墨付けができるというものです。
墨壷の糸には独特の単位があります。
一掛(ひとかけ)という長さとしては4間(7.2メートル)の壷糸がそれに当たります。
特に大きなものは別としても、普通は二掛を壷車に巻き込んでおきます。



左手で壷車、糸を押さえ
         右手で糸をはじく
 先ず池に入れる真綿ですが、そのままでは油分が墨をはじきがちですから、湯につけた後充分にしほっておきます。
そして、池に入れ、墨を含ませます。
今日では市販累汁を使うことが多いようでますが、墨は硯ですった墨を使います。
綿がなじむまでは、壷糸の出し入れがなめらかにいかないかもしれませんが、使う時は必ず一度巻き込んでから引き出すことは言うまでもありません。
 
 墨壷には、朱壷、白壷といったものもございます。
朱壷は墨のかわりにペンガラを池の中に入れます。
そうしますと造作後に目立たない、また逆に修理等の黒ずんだ古材にもよく目立つなどの利点があります。
このため、石屋もこの朱壷を使っています。
白壷は、屋根屋が黒い下地材の上で使います。  

 池に墨を入れた後の墨壷は、いつも壷内部には水分があり、壷の外側は乾燥しています。
ですから、冬場のカラカラ時などは、内倒だけが膨張して、割れやすくなります。
それを防ぐために、壷の内側にウルシを塗り、水分を壷の木部にはしみ込ませないようにします。
また外側には油をふき、湿気を持たすようにします。
墨の水分が少なくなり、墨の付きが悪くなると、仕事の忙しい時などには壷ごと水おけの中に入れて、水分を補給しているところをたまに見ます。
しかし、あれは感心いたしません。壷ごと水の中に入れてしまっては、長い年月には、自然と割れにつながります。

 墨壷の使い方は、軽子を所定の位置に刺すところから始まります。
このとき、軽子の針に糸を一回からめておきます。
こうすることによって、刺された点と糸とが、同じ位置となります。
糸は墨さしで池を押え、充分に墨を含ませつつ引き出していきます。
必要な長さが引き出されたところで壷車を押え、糸を寸法通りの位置で緊張させます。
その後に指先で糸を真直ぐ上に引き上げはじきます。
ここで糸の墨が材に移り、墨付けが完了です。

 始めの事典の定義だと、墨壷は直線を引くものでしたが、曲線も引くことができます。
糸を張り、引き上げてはじく時に、ひねりと方向を調整します。
この加減で、様々な曲線をひくことができます。
長い墨を打とうとすると、どうしても曲がりがちになるという弱点も、このことと共通するところでしょう。

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